生 駒 山 ろ く に あ る 神 武 天 皇 聖 蹟 碑 

 

  生駒山周辺は、物部氏の歴史や神武天皇の東征伝承などが深く刻まれた地域です。
 その中で、生駒山を挟み、紀元二千六百年を記念してほぼ東西に建立された神武天
 皇の聖蹟顕彰碑を3ケ所ご紹介いたします。


  
1 神武天皇聖蹟孔舎衛坂顕彰碑  (東大阪市日下町8丁目尾根上に所在) 

    

東大阪市日下町の東方山腹、標高240mを測り河内平野〜大阪湾を一望できる尾根の突端部にある。紀元二千六百年=昭和15年の建立。
ここは、尾根道をとおる雄略天皇の日下直越のルートでもあります。
碑の裏面には「神武天皇戌午年四月皇軍ヲ率イテ膽駒山ヲ踰エテ中洲ニ入ラントシ給ヒ孔舎衛坂ニ長髄彦ノ軍ト御會戦遊バサレタリ聖蹟ハ此ノ坂路ノ邊ナリト傅ヘラル」 と刻む。  地 図 



 2 神武天皇聖蹟盾津顕彰碑  (東大阪市日下町7丁目に所在)

       

       

碑は、日下町の東大阪市立孔舎衙小学校の東側にあります。
高3.04m、幅97cm、厚54.4cm。花崗岩製。昭和15年建立。
碑の裏面には「神武天皇戌午年三月皇軍ヲ率イテ青雲白肩津二至リ給ヒ翌四月孔舎衛坂二戦ハセラレ其ノ津二還リテ盾ヲ植テテ雄誥遊バサレシ二因リ地名ヲ盾津ト改メタリ聖蹟ハ此ノ地附近ナリト推セラル」と刻んでいます
。 地 図

 3 神武天皇聖蹟鵄邑顕彰碑 (生駒市上町)

       

            

鵄邑の顕彰碑は、生駒山の東側、矢田丘陵の東ろくを流れる富雄川の東岸の丘上にあり、生駒市上町にあります。
出垣内のバス停を降りて少し南にいった所から丘へ上がる狭い道を登ったところにあります。
顕彰碑は、西面して建てられ、生駒山の日下あるいは草香山=饒速日山を向いています。 
碑文は、(裏面)「神武天皇戌午年十二月皇軍ヲ率イテ長髄彦ノ軍ヲ御討伐アラセラリタリ時に金鵄ノ瑞ヲ得サシ給ヒシ二因リ時人其ノ邑ヲ鵄邑ト稱セリ聖蹟ハ此ノ地方ナルベシ  
(側面) 昭和十五年十一月 紀元二千六百年奉祝会」とあります。 
なお、対岸には、誰が建てたか長髄彦の妹で饒速日命の妻である御炊屋姫(三炊屋姫、登美夜毘売)の墓?という近年の標石があります。 地 図

                
  
各地の神武天皇聖蹟顕彰碑一覧 


        いこまかんなびの杜